中計は「エクイティストーリー」へ進化せよ|BCGバリュークリエーターズ・ランキング2025を読み解く

BCGバリュークリエーターズ・

「利益は出ているのに、なぜ株価が上がらないのか」

この問いに悩む経営者は少なくありません。増収増益を達成し、配当も増やした。自社株買いも実施した。それでも株価は冴えない。PBRは1倍を割ったまま。東証から「資本コストや株価を意識した経営」を要請され、対応策を発表したが、投資家の反応は今ひとつ——。

BCGが発表した「日本版バリュークリエーターズ・ランキング2025」は、この問いに対する一つの答えを示しています。結論から言えば、「利益」と「還元」だけでは、投資家からの「評価」は上がらないのです。

そもそもTSRとは何か

ここで、本レポートの軸となる「TSR」という指標について解説しておきたいと思います。TSR(Total Shareholder Return:株主総利回り) とは、一定期間における株主にとってのトータルリターンを示す指標です。

具体的には、以下の2つの合計で計算されます。

  1. キャピタルゲイン(株価の値上がり益)
  2. インカムゲイン(配当などのキャッシュフロー)

たとえば、100万円で株を買い、1年後に株価が110万円になり、その間に3万円の配当を受け取ったとします。この場合のTSRは13%(値上がり10%+配当3%)となります。

「株価だけ」でも「配当だけ」でもなく、株主が最終的に手にするリターンの全体像を示す指標——それがTSRです。

なぜTSRが重要なのか

投資家は「TSR」で企業を評価している

機関投資家のファンドマネジャーは、運用成績を市場平均(ベンチマーク)と比較されます。彼らにとっての「成功」とは、市場平均を上回るリターンを出すことです。

だからこそ、投資先を選ぶ際に重視するのは、その企業が市場平均を上回るTSRを実現できるかどうかなのです。

「良い会社」であることと「投資すべき会社」であることは、必ずしもイコールではありません。どれだけ素晴らしい技術や製品を持っていても、TSRで市場平均を下回るなら、投資家にとっては「投資する理由がない」ということになります。

経営者にとってのTSR

経営者の視点から見ると、TSRは「株主に対する約束の達成度」を測る指標と言えます。

株主は、他の投資先(預金、債券、他社株式など)ではなく自社に資金を託してくれています。その見返りとして、株主は一定のリターンを期待します。これが「株主資本コスト」です。

TSRが株主資本コストを下回り続ければ、株主の期待を裏切っていることになります。そうした企業からは資金が流出し、株価は下がり、PBRは1倍を割り込みます。

逆に、TSRで継続的に高いパフォーマンスを出せば、投資家からの評価(バリュエーション)は上がり、資金調達コストは下がり、成長投資の選択肢も広がります。

TSRは、企業価値経営の「成績表」なのです。

TSRを分解すると「課題」が見える

BCGのフレームワークでは、TSRを以下の3つの要素に分解して分析します。

構成要素内容経営者がコントロールできるか
利益成長売上・利益の伸び◎(事業戦略の成果)
マルチプル変化PERやEV/EBITDAなどの評価倍率の変動△(投資家の評価次第)
FCF利回り配当・自社株買い・財務レバレッジ○(還元政策で調整可能)

この分解が重要なのは、「利益は出ているのに株価が上がらない」という現象の原因を特定できるからです。

利益成長が高く、FCF利回り(還元)も十分なのにTSRが低いなら、マルチプル(評価倍率)が下がっていることが原因ということになります。

つまり、投資家が「この会社の将来」を評価していないということです。

日本企業の現状:利益は出ているが「評価されていない」

ここからBCGレポートの分析結果を見ていきましょう。過去5年(2020〜2024年)のTOPIX構成企業の年平均TSRは13%。米S&P500の15%に肉薄する水準です。2024年単年でもTOPIXのTSRは20%と、米国の25%に対して健闘しました。

一見、悪くない数字に見えます。しかし、TSRを構成要素に分解すると、深刻な課題が浮かび上がってきます。

日米欧のTSR構成要素比較(2020〜2024年)

地域年平均TSR利益成長マルチプル変化FCF利回り
日本(TOPIX)12.8%+10.8%▲4.7%+6.7%
米国(S&P500)14.5%+10.4%▲0.1%+4.2%
欧州(S&P EUR 350)6.9%+5.6%▲2.6%+3.9%

注目すべきは以下の点です。

  • 利益成長:日本+10.8% > 米国+10.4%(日本が勝っています)
  • FCF利回り:日本+6.7% > 米国+4.2%(日本が勝っています)
  • マルチプル変化:日本▲4.7% < 米国▲0.1%(日本が大きく負けています)

日本企業は、利益成長でも株主還元でも米国を上回っています。それなのにTSRで負けているのは、マルチプル(評価倍率)が大幅に下落しているからなのです。

米国のマルチプル変化が▲0.1%とほぼ横ばいなのに対し、日本は▲4.7%。2024年単年でも▲5.1%と下落が続いています。

これが意味するところは明確です。「利益を出して、還元も強化した。でも投資家からの評価は上がっていない」これが、日本企業の現在地なのです。

なぜマルチプルは上がらないのか

BCGレポートは、マルチプル低迷の要因として以下を挙げています。

  1. ROE(株主資本収益率)の低さ:欧米企業と比べた資本効率の差
  2. ガバナンス体制への懸念:取締役会のモニタリング機能が不十分
  3. 投資家が「変化」を実感できていない:対応策を発表しても、実行・成果が見えない

東証が「PBR1倍割れの是正」を要請して以来、多くの企業が資本収益性改善に取り組んでいます。しかしBCGのレポートは厳しく指摘しています。

「それがマルチプルの改善というかたちで明示的に日本株のバリュエーションに反映されているとは言い難い」

「少なくとも現時点では、多くの投資家が、日本企業における改善や変化を強く実感するには至っていない」

施策を発表することと、投資家に「この会社は変わった」と実感してもらうことは、まったく別の話なのです。

業種別ランキング:保険・半導体が引き続き上位

時価総額1,000億円以上の769社を対象とした業種別TSR分析を見てみましょう。

過去5年TSR上位5業種

  1. 保険(金利上昇+政策保有株売却による積極還元)
  2. 半導体(生成AI・データセンター需要)
  3. 商社
  4. ゲーム・エンターテインメント(日本コンテンツのグローバル需要)
  5. アパレル(ブランド価値向上企業が牽引)

半導体セクターの変化に注目

特筆すべきは、半導体セクターのTSRドライバーが変化している点です。2025年の調査では、マルチプル拡大(=期待先行)がTSR上昇要因の6割を占めていました。しかし2024年は、利益成長が主要ドライバーに転換しています。

これは「テーマ買い」から「業績買い」へのフェーズ転換を示唆しています。期待で買われた銘柄は、実際の業績で評価される段階に入りました。今後は「本当に利益を出せるか」が問われることになります。

大型株ランキング:フジクラが首位に躍進

時価総額1兆円以上の大型株169社を対象としたランキングでは、顔ぶれに変化が見られました。

TSR上位10社(2020〜2024年)

順位企業名業種年平均TSR
1フジクラ鉄鋼・非鉄金属74%
2川崎汽船運輸・輸送71%
3日本郵船運輸・輸送66%
4商船三井運輸・輸送54%
5サンリオゲーム・エンタメ52%
6アシックスアパレル49%
7アドバンテスト半導体45%
8三菱重工業機械43%
9ディスコ半導体40%
10カプコンゲーム・エンタメ37%

太字は今年新たにトップ10入りした企業です。

上位企業のTSR構成要素を読む

TSRの構成要素を見ると、各社の「評価されている理由」が見えてきます。

フジクラ(1位)

  • 利益成長+6%、マルチプル変化+33%
  • 独自の光ファイバー技術「SWR」でデータセンター需要を取り込み
  • 2024年11月のMSCIインデックス採用で、年初から株価約6倍
  • 「将来の成長」への期待がマルチプル拡大を牽引しています

三菱重工業(8位)

  • 利益成長+4%、マルチプル変化+14%
  • エネルギー・原子力・防衛・宇宙と幅広い有望領域にエクスポージャー
  • 事業ポートフォリオの「物語性」が投資家の期待を集めています

カプコン(10位)

  • 利益成長+8%、マルチプル変化▲2%
  • 複数の主力タイトルがバランスよく売上に貢献
  • 特定ヒット作に依存しない収益基盤の「再現性」が評価されています

注目すべきは、上位企業でも「マルチプル拡大」のパターンが異なることです。将来成長への期待、事業ポートフォリオの魅力、収益の再現性——投資家が「評価」するポイントは企業によって異なります。

中計発表後の株価:なぜ半数は動かないのか

BCGは日経225銘柄のうち、2020〜2024年に中計を公表した187社の株価推移を分析しています。

中計公表1週間後のTOPIX対比超過リターン

  • +3%超:47社(25%)
  • ▲3%未満:49社(26%)
  • ▲3%〜+3%:91社(49%

約半数の企業で、中計を発表しても株価がほとんど動いていません。

これは何を意味するのでしょうか。

投資家は膨大な数の企業を見ています。中計が発表されても、「なるほど、この会社に投資すべき理由がわかった」と思わせられなければ、反応しません。

言い換えれば、多くの中計は「投資家を動かすストーリー」になっていないのです。

株価が上昇した中計の共通点

  1. 事業ポートフォリオ変革への明確な意思表示
  2. 注力事業領域での具体的な成長戦略
  3. 意欲的な業績見通し(市場予想を上回る)
  4. 合理性の高いキャピタルアロケーション方針

株価が下落した中計の共通点

  1. 株主還元策の消極性・期待未達
  2. 利益目標が市場予想を下回る
  3. 成長戦略・収益改善策の具体性不足

「中計不要論」への回答:エクイティストーリーへの進化

近年、「中計不要論」が浮上しています。

3〜5年先を見据えて中計を策定しても、経済情勢や社会環境の変化によって前提が実態と乖離してしまう。策定に多大な時間とリソースを投入して現場が疲弊し、「計画を作ること自体が目的化」している——こうした指摘です。

実際、味の素や伊藤忠商事など、従来型の中計を廃止する企業も出てきています。

では、中計は本当にその意義を失ったのでしょうか。

BCGの答えは「否」です。ただし、従来型の「事業計画の積み上げ」では不十分だと言います。

「中計は単なる事業計画の積み上げや業績見通しではなく、『なぜ自社に投資すべきか』を説得力をもって示す『エクイティストーリー』へと、進化を遂げる必要がある」

エクイティストーリーとは何か

エクイティストーリーとは、「なぜ自社に投資すべきか」を定性・定量の両面で納得性高く、わかりやすく説明するストーリーです。

BCGはこう表現しています。

「われわれは株主へリターンを届けることにコミットする。だからこそぜひ当社に投資してほしい。これが当社に投資すべき理由だ」という、経営者によるメッセージ

海外のCEOやCFOのプレゼンテーションでは、”Why Invest” “Investment Thesis”といった、投資意義を語るパートが当然のように盛り込まれています。しかし、このようなプレゼンテーションを行う日本企業はまだ少数派だということです。

エクイティストーリーとしての中計策定:3つの要諦

BCGは、エクイティストーリーとしての中計策定に必要な3つの要諦を提示しています。

【要諦1】株主・投資家の期待と懸念を正しくとらえる

多くの企業では、投資家との対話が「直近あるいは来期の業績説明」にとどまっています。

しかし本当に必要なのは、投資家が何を期待して投資しているのか、逆に何を懸念しているのかを的確に把握することです。

これはIR担当者だけの仕事ではありません。CEOやCFOが自ら担うべき領域だとBCGは指摘しています。

BCGが中計策定を支援する際には、初期段階で投資家やアナリストにインタビューを行い、「本音」を引き出すそうです。投資家が企業に直接伝えづらい「耳の痛い話」も、第三者を介することで引き出しやすくなります。

【要諦2】事業環境変化を「シナリオ」としてとらえる

不確実性が高まる現在、単線的な将来予測では不十分です。

重要なのは、複数のシナリオを想定した「複線的な備え」をすることだとBCGは言います。

  • No regret move:どのシナリオでも必ず実行すべき有効な施策
  • Big Bet:特定のシナリオ下で大きな競争優位性を確立できる打ち手

この2つを見極め、戦略のレジリエンスを高めておくことが重要です。

【要諦3】「なぜ自社に投資すべきか」をわかりやすく伝える

エクイティストーリーを研ぎ澄ますために、以下の4つの観点を押さえる必要があります。

①目標設定:TSR目線で中長期目標を設定する

BCGは「業界において上位25%に相当する水準」を目安にしています。機関投資家は最低でも市場平均を超えるリターンを責務としているため、投資家に選ばれるには業界平均を超えるリターンを示す必要があるからです。

まずTSR目標を設定し、そこから事業ごとの売上・収益性目標に落とし込みます。「積み上げ」ではなく「逆算」の発想です。

②全社/事業戦略:自社の強みを「再現性」をもって語る

投資家が重視するのは、企業が「再現性のある強み」を持っているかどうかです。

自社がどのような強み・優位性により競争に勝てるのか。それは組織能力としてどう根付き、再現性があるものなのか。説得力をもって語れるまで突き詰める必要があります。

また、事業ポートフォリオについては「注力事業は何か」「その他の事業を保有する意義は何か」を明確化し、必要性のない事業は譲渡を含めた見直しを検討すべきだとBCGは提言しています。

③財務戦略:キャピタルアロケーション方針を明確に

資本配分の思想とロジックを明確に示すことが重要です。

  • 成長投資と株主還元・負債返済のバランス
  • 自社が最適と考える資本構成の根拠
  • 資本コストを上回るリターンが見込まれる領域への投資方針

④ガバナンス:戦略の実現性を担保する

どれほど優れた戦略を策定しても、実行できなければ意味がありません。

経営陣のケイパビリティや推進体制、取締役会の監督機能といったガバナンス体制についても言及し、投資家に「この計画は実行できる」と納得してもらう必要があります。

IR担当者・経営者が今日から意識すべきこと

1. 自社のTSRを分解してみる

まず、自社の過去5年のTSRを計算し、構成要素(利益成長、マルチプル変化、FCF利回り)に分解してみてください。

「利益は伸びているのにマルチプルが下がっている」なら、投資家が「評価していない」ことの表れです。なぜ評価されていないのか、投資家の視点で考える出発点になります。

2. 投資家の「本音」を聞く

形式的なIR活動(直近業績の説明)から、投資家の期待・懸念を引き出す深い対話へシフトしましょう。

必要に応じて、第三者を介した本音のフィードバック収集も検討してみてください。投資家が企業に直接言いづらいことは多いものです。

3. 中計を「Why Invest」の視点で見直す

自社の中計資料を、投資家の目線で読み直してみてください。

  • 「なぜこの会社に投資すべきか」が明確に伝わるか?
  • 成長戦略は具体的で、実現可能性を感じられるか?
  • 事業ポートフォリオの方針は明確か?
  • 資本配分の思想・ロジックは説得力があるか?

「事業計画の説明」にとどまっているなら、エクイティストーリーへの進化が必要です。

4. マルチプル向上のドライバーを特定する

上位企業の事例から見えるように、マルチプル拡大のドライバーは企業によって異なります。

  • 将来成長への期待
  • 事業ポートフォリオの魅力
  • 収益の再現性
  • ガバナンス改革への信頼

自社の場合、何がマルチプル向上のドライバーになり得るかを特定し、そこを重点的にコミュニケーションする戦略を立てましょう。

まとめ:TSRという「成績表」に向き合う

BCGバリュークリエーターズ・ランキング2025が示すのは、「利益を出し、株主還元を強化しても、それだけでは投資家からの評価は上がらない」という現実です。

マルチプル▲4.7%という数字は、日本企業に対する投資家の根本的な懸念が払拭されていないことを示しています。

TSRは、企業価値経営の「成績表」です。この成績表に真正面から向き合い、「なぜ自社に投資すべきか」を説得力をもって示すエクイティストーリーを構築できるかどうかが、今後の企業価値向上の鍵を握っています。

中計は、その重要なコミュニケーションツールとなり得ます。単なる「事業計画の発表会」から、「投資家を動かすストーリー」への進化が求められているのです。


本記事はBCG「日本版バリュークリエーターズ・ランキング2025」(2025年6月発表)をもとに作成しています。

※本記事は情報提供を目的としており、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。投資判断は自己責任でお願いいたします。

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