【開催レポート】東証が語る制度改革の核心「IR体制の整備」の義務化にどう向き合うか

東証が語る制度改革の核心「IR体制の整備」の義務化にどう向き合うか

2025年、日本の資本市場は大きな転換点を迎えています。東京証券取引所(以下、東証)による「資本コストや株価を意識した経営」の要請に加え、新たに「IR体制の整備」が義務化されました。多くの上場企業が「具体的に何をすべきか」「投資家は何を求めているのか」と模索する中、IRの実務をアップデートし、日本市場の価値を世界に発信するための勉強会コミュニティ「IR向上委員会」を開催しました。

本記事では、東証の上場部で実際に制度設計に携わる二出川氏をゲストに迎え、IRの専門家たちが「制度改革の真の狙い」を深掘りしたセミナーの模様を凝縮してお届けします。

登壇者紹介

  • 二出川 聡 氏(東京証券取引所 上場部)
  • 馬渕 磨理子 氏(日本金融経済研究所 代表理事)
  • 秋元 洋平 氏(Noroshi 代表取締役)
  • 後藤 敏仁(FINX 代表取締役 / 日本金融経済研究所 副代表理事)

なぜ今、IR体制の整備が必要なのか。そして、投資家から選ばれる企業になるための「攻めのIR」とは。4名のプロフェッショナルによる熱い議論の内容を、5つのステップで解説していきます。

①「IR体制の整備」の背景

二出川氏:今回のIR体制整備の義務化は、2023年3月にプライム・スタンダード市場の全企業に対して行った「資本コストや株価を意識した経営に関する要請」の流れを汲むものです。市場区分再編(プライム・スタンダード・グロース)の実効性を高めるためのフォローアップ会議において、特にPBR(株価純資産倍率)が1倍を継続的に下回っている現状が問題視されました。

この課題に直視し、企業価値向上に向けた取り組みを加速させるためには、経営層が自社の資本コストを把握し、それを踏まえた計画を投資家へ届けるプロセスが不可欠です。

東証の要請に対し、既にプライム市場の過半数の企業が対応を公表していますが、投資家の評価は必ずしも高くありません。

投資家によれば、自律的に企業価値向上を進めている「企業群①」に該当するのは、プライムでも2割弱、スタンダードでは1割程度に過ぎないという厳しい評価があります。

後藤氏:資本コストの開示についても、単に決算説明資料の1ページに含まれているだけでカウントされているケースもありますよね。

二出川氏:はい。形式的な開示は進んでいますが、その中身、つまり実効性という観点では、まだまだ改善の余地が大きいのが現状です。

改善の余地がある企業について投資家から指摘されているのは、IRの体制面です。具体的には「IRの専任を置いていない」「そもそも投資家との面談を受け付けていない」といった声が挙がっています。さらに、面談に応じたとしても「自分は兼務だからよく分からない」といった対応で、対話が深まらないケースも少なくありません。

上場会社は公開会社であり、資金の出し手である株主や投資家と建設的な対話に臨むことは、半ば「責務」であると考えています。今回の義務化は、リソース不足を理由に不十分な対話に終始してしまっている現状を打破し、改めてIR活動の意義を認識していただくためのものです。

後藤:上場企業の中には「取材を断っている会社がある」というのは驚きです。多くのグロース企業などは、むしろ1対1の取材を受けたいと考えているはずですから。

二出川氏:おっしゃる通り、やる気のある会社様が対話を通じて企業価値を高めていく一方で、対話に消極的な会社様も、その重要性に気づいていただきたい。IR活動に十分なリソースを割くことは、上場維持のためのコストではなく、企業が成長するための投資であるという認識を持っていただきたいのです。

一部報道では「違反した場合には罰則も」といった表現がなされましたが、東証が罰則を振りかざして何とかしようという話ではありません。実際のところ、ほとんどの会社様は既に形式上の要件は充足しています。

しかし、あえて今、規則に明記したのは、これを機に社内のIR体制やリソース配分を再検討し、経営層がIRの重要性を改めて考える「きっかけ」にしてほしいという強い思いがあるからです。

②「IR体制の整備」の内容

二出川氏:今回の義務化にあたって、上場会社の皆様に行っていただきたいことは大きく2点あります。1点目は「自社に必要なIR体制を検討し、整備すること」です。これについてセミナーで登壇すると、必ず「専門部署や専任スタッフが必要なんですか?」と聞かれます。

後藤:そこは実務担当者が一番気になるところですよね。

二出川氏:規則上の結論から申し上げると、専任である必要も専門部署を置く必要もありません。兼務で全く構いません。ただ、IRを真剣にやると相当な労力がかかるはずなんですよね。財務で決算処理をしながらIR活動を100%の力で両立できるかというと、実際はかなり大変ではないかと思っています。

馬渕氏:本当にそうですね。現場を取材していると、今は働き方改革もあって皆さん残業時間のギリギリまで業務を抱えていらっしゃいます。「これ以上IRという重い業務は増やせない」という切実な声も聞きますので、兼務だとどうしても限界が来るんだろうなと感じます。

二出川氏:もう一点、責任者の役職についても規定はありません。部長クラスの方が責任者でも規則上は問題ないのですが、IRの大きな目的は「投資家からのフィードバックを経営に生かすこと」です。投資家は世界各国の企業を分析しているプロであり、いわば「無料のコンサル」のように改善案を提示してくれます。その貴重な声を経営に生かすためには、IR部門と経営層がどれだけ近い存在でいられるかが極めて重要になります。

馬渕氏:規則では部長さんが責任者でもいいけれど、実効性を高めるなら役員や社長との距離感をぜひ縮めていただきたい、ということですね。

秋元氏:一方で現場からは、経営者側が「機関投資家に何か聞かれて答えられなかったら怖い」と接触をためらってしまうという声もよく聞きますよね。

馬渕氏:そうなんです。「対話の中で一緒に成長していけばいいんですよ」と励ましても、やはり怖いから接触したくない、と。それから機関投資家の方々も、不採算部門について「ここはどうするんだ!」と非常に厳しく突っ込んでくることがあります。もう少しフレンドリーというか、柔らかいコミュニケーションがあってもいいのかなと思うのですが。

二出川氏:そこは確かに。一方で東証としても、投資家サイドに対して「一方的に詰めるのではなく、伴走者となって建設的な対話をしてほしい」という働きかけをまさに行っています。「東証は投資家べったりなんでしょ」と誤解されることもありますが、そうではなく、あくまで上場会社の企業価値を高めるために、双方が歩み寄るコミュニケーションを促しているんです。

後藤:なるほど。では、義務化されるもう一つの点は何でしょうか?

二出川氏:2点目は「コーポレートガバナンス(CG)報告書に、その体制について記載すること」です。投資家が「この会社のIR窓口は誰なのか」を判別できるようにしていただくため、報告書の特定の項目に書いてくださいという規則になっています。

後藤:対応状況はいかがですか?

二出川氏:7月22日にこの規則を施行しましたが、その時点で9割以上の会社様が実はすでに充足できているという分析結果が出ています。今日ここに来てくださっているような前向きな皆様であれば、規則上はまず問題ないはずです。

後藤:つまり「形式を整える」というハードルは、多くの会社がクリアできていると。

二出川氏:そうです。ですから、「形を整えたらおしまい」ではありません。そこからどうIRを成長に繋げていくか。私たちが本当にお届けしたいのは、ここから先の「中身」の話になります。

③企業価値向上に向けた取組みにおける「IR活動」の役割

二出川氏:皆様には釈迦に説法かもしれませんが、改めて「IR活動の意義」を整理します。先日実務担当者の方が集まるイベントに参加したのですが、IRをうまく活用して成長につなげている会社さんのお話が非常に印象的でした。

その会社さんは、投資家からのネガティブな意見も含めて、すべてを次回の決算説明資料に取り入れたり、経営陣に「つまびらかに」報告したりするようにしたそうです。

すると投資家は「自分の意見が反映された」と感じて、面談の申し込みが年間200件まで増えた。スタッフはカツカツだそうですが、投資家の情報をいかに改善につなげるかが重要なんだと再確認しました。

また、実務担当者はどうしても社長に対して「耳に優しい内容」だけを報告してしまいがちです。耳の痛い話に蓋をしたり、部長のチェックで落とされたり。でも、そういうネガティブな意見こそ経営層は聞くべきですし、それを提供するのがIRの重要な役割です。投資家は、いわば「無料のコンサル」ですから。

もちろん投資家が100%正解とは限りませんが、経営陣がそれを聞いてどう活用・改善するかを考える「好循環」が大事です。

馬渕氏:ネガティブな意見を上げやすくするには、社外取締役の方に共有するのも一つの手かもしれません。私が社外取を務める会社では、株主総会で厳しい意見が出た際、私がそれを引き取って半年かけて「価値創造図」を内製しました。

二出川氏:社外取締役の関与は本当に重要ですね。東証の勉強会でも、社外取の方がニコニコして終わる会社もあれば、率先して鋭い質問を投げてくる会社もあります。馬渕さんのように、社外取が主体となって投資家の声を吸い上げる体制は理想的です。

秋元氏:伝え方も重要ですよね。単に「言われました」ではなく、「企業価値向上のためのアドバイスとして頂きました」と言うだけで、受け取る側の機嫌も変わります。

馬渕氏:そうなんです。「こんなこと言われなきゃいけないんだ」と不機嫌になる経営者でも、「こういう思いで言ってくれている」と伝えると「じゃあやろうかな」となったりします。

秋元氏:対話も「質問されて答える」だけのヒアリングで終わらせず、「なぜそう思うんですか?」とか「どうすればうちの株を買ってくれますか?」と、信頼関係を作るコミュニケーションにしていくことが、有益な1時間につながります。

二出川氏:本当におっしゃる通りです。

馬渕氏:最近は大企業が「IRデー」を開催していますが、グロースやスタンダードの会社でも有効だと思われますか?

二出川氏:有効だと思います。特に時価総額に制約がある会社でも、広く魅力を伝える場になります。

馬渕氏:私がカバーしている会社では、説明会後のアンケートに「IRデーで取り上げてほしいテーマ」という項目があって、投資家が一生懸命書き込んでいます。これは確実に経営層に届きますから。

二出川氏:資料の緑色で書いた部分になりますが、東証としては「規則を作ったから、あとは投資家と対話して勝手に頑張ってね」と突き放すつもりはまったくありません。上場会社の皆様が建設的な対話に臨めるよう、今後もさまざまなサポートに取り組んでいきます。

後藤:それは心強いですね。最後に、投資家が結局のところIRを通じて「企業に何を期待しているのか」という点を改めて伺えますか?

二出川:はい、ポイントは大きく2つあります。1つ目は、「自社がどう成長していくのか」を、自分の言葉で分かりやすく説明してほしいということです。その際、社長の言葉とIR担当者の言葉が違っていては「どっちが本当なんだ?」と不信感につながります。組織として「一貫した説明」ができているかどうかが非常に重要です。

2つ目は、投資家が伝えたフィードバックをしっかり経営に活かし、改善すべき点は改善してほしいということです。この「対話の内容が経営に反映されること」を投資家は強く求めています。

上の図の一番下のグレーの層は、まだ開示を行っていないグループです。それに対して、青色や濃い青色の層は、すでに開示を行ったり、複数回のアップデートを行っているグループです。

一番上の赤いラインは、さらに突出して高いパフォーマンスですね。この赤色は、昨年11月の事例集で「この会社はいいですよ」と投資家から高く評価された企業群なので、パフォーマンスが良いのはある意味当然かもしれません。

しかし注目すべきは、そこまで至らなくても、積極的に開示を行っている青色のグループと、何も開示していないグレーのグループを比べると、株価のパフォーマンスに大きな差が出始めているという事実です。

④「IR体制・IR活動」に関する投資者の声

二出川氏:「IR活動を強化します」と宣言する会社様は増えており、非常にポジティブなことだと感じています。ただ、投資家からは「具体的に何が変わるのか」という実効性を厳しく問われています。そこで、我々がまとめた事例集から「よろしくない事例」と「高く評価されている事例」をいくつか紹介します。

後藤:まずは、投資家が「これはやめてほしい」と感じている改善ポイントから伺えますか。

二出川:はい。一番の問題は「うちは体制が不十分だから対話は難しい」と門前払いをしてしまうケースです。今回の義務化は、まさにこうした状況をなくすためのものです。

また、「経営陣との面談は一切行わず、担当者のみが対応する」という姿勢も敬遠されます。投資家は、やはり経営のトップと直接話したいと考えていますよね。もちろんスケジュールの制約はあるでしょうが、担当者が対応する場合でも、そのフィードバックをしっかり経営に活かす体制があるかどうかが重要です。

ここからは具体的に、投資家から評価されている企業の事例を見ていきましょう。まずはIR体制の強化についてです。

東亜建設工業さんは、専門部署の設置と人材増員を行い、これまでバラバラだったIRとSR(株主対話)を一気通貫で担当する体制にしました。

後藤:PRも含めて統合的に対応されるというのは、非常に進んだ事例ですね。

二出川:はい。さらに、対話で得たフィードバックを定期的に取締役会へ報告し、経営に活かす体制も整えています。

また、ダイトさんはプロのCFOを招聘し、その下に専任部署を置きました。

三陽商会さんも専門部署を設置していますが、彼らが特に評価されているのは、投資家の意見を受けて「何をどう考え、どう反映したか」を、開示の中でつまびらかに説明している点です。

馬渕氏:自分の意見がどう活かされたかが可視化されると、投資家も「もっと対話しよう」という気持ちになりますよね。

二出川:まさに。アズビルさんのように、情報の充実度と「誰が話しても一貫している」という組織の統一感も高く評価されます。

逆に、以前はIRに消極的だったパイロットコーポレーションが、2024年に専門部署を新設し、面談や説明会に積極的に取り組むようになったことで、市場の認識が劇的に「グレーからブルー(好評価)」へ変わった事例もあります。

後藤:結局、ポイントは「専任体制」と「経営層とのつながり」の2点に集約されるわけですね。

二出川氏:おっしゃる通りです。規則上は兼務でもいいですが、実効性を高めるには専任が重要ですし、社長・CFO・担当者の3人がバラバラなことを言わず、同じ方向を向いて説明できる体制が不可欠です。

馬渕氏:IR活動の「質」という面ではいかがでしょうか?

二出川氏:活動面では、IDホールディングスさんが象徴的です。

社長自ら海外投資家へ率先して対応していますが、特筆すべきは「業績が悪い時」でも活動をおろそかにしない点です。

後藤:業績不調時や、不測の事態での対応こそが問われますよね。

二出川氏:はい。業績が悪い時に「今後どう対応し、どんな見通しを立てているか」を説明できる会社は、将来の不透明リスクが軽減される。これは裏を返せば、資本コストの低減に直結します。

馬渕氏:投資家目線で言うと、悪い時でも誠実に説明してくれる会社は、ストーリーさえしっかりしていれば、むしろ「安い時に買いたい」という意欲に繋がります。だからこそ、逃げずにしっかり対応してほしい。

二出川氏:インターネットイニシアティブ(IIJ)さんも、インシデント発生時の真摯な説明が継続されている点が評価されていますね。

また、味の素さんのように、社長のコミットに加えて「パワーポイントの資料一枚で言いたいことが伝わる」ような分かりやすさに徹底的にこだわることも重要です。

秋元氏:スマレジさんなどもそうですが、資料の「綺麗さ」ではなく、投資家が何を求めているかを経営層も交えて「喧々諤々」と議論して準備されている。その熱量が投資家に伝わるんですよね。

二出川氏:資生堂やオリックスの事例も同様です。

ポイントをまとめると、経営層の積極性、不調時の誠実さ、フィードバックの循環、そして投資家が求める情報の的確な発信。この4つができているかどうかが、選ばれる企業になるための境界線といえるでしょう。

⑤IR活動に関するサポート

二出川氏:最後になりますが、東証が提供しているサポートについてお話しします。我々東証のスタッフはIRの専門家ではありませんので、有識者の方々にご協力いただき、現在12本の無料オンラインセミナーを配信しています。IRの基本から学べる内容ですので、ぜひご活用ください。

それから、オンラインセミナーに加えて、対面型のイベントにもいろいろと取り組んでいます。特に人気なのが機関投資家との対話イベントです。上場会社の皆様から「機関投資家が宇宙人のようでイメージが湧かない」「宇宙人を普通の人間として解像度を高めたい」という切実なリクエストを多くいただきまして。

そこで、中小型株のファンドマネージャーを「先生」としてお招きし、IR担当者が彼らを質問攻めにするというイベントを企画しました。3月に募集したところ、なんと30分で満席。急遽追加開催を募ったら、今度は1分40秒で埋まってしまいました。あまりの速さに「申し込めないじゃないか」とお叱りを受けるほどです。

また、野村アセットマネジメントさんにご協力いただいた2時間の体系的なセミナーも即満席になりました。こちらは録画映像をオンデマンド配信していますので、ぜひ皆様にご覧いただきたいです。

秋元氏:会場から「IRを頑張っても、結局は市場というパイの奪い合いになるのではないか」という鋭い質問が来ています。

二出川氏:そこは我々も非常に重視しています。単にA社から引き上げた資金をB社に移すのではなく、市場全体のパイを広げなければなりません。そのためには、ニューヨークなどの海外マネーを日本に引っ張ってくるくらいの気合が必要です。

海外のマネーでしか成長できない市場かというと、そういうわけではないと思います。日本の個人資産の半分はまだ預金に眠っています。新NISAの拡充もあり、実はNISAを通じた投資の約4〜5割は日本株に流れているというデータも出ています。海外投資家へのプロモーションと、個人投資家の資産形成。この両輪で市場全体のマネーを拡大させていきます。

後藤:一点補足すると、日本のマーケットで売買代金が最も大きいのは海外投資家ですが、2番目は個人投資家なんです。機関投資家はその次。ですから「機関投資家至上主義」を少し改めて、個人投資家にもしっかり発信していくことが、結果的に市場のパイを広げる近道になるはずです。

二出川氏:まさにその通りですね。まだまだお話ししたいことは尽きませんが、東証としても皆様のIR活動を全力でバックアップしていきます。本日はありがとうございました。

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